ドイツ・オーストリアのパン カイザーゼンメル Kaisersemmel
昔、ドイツに住んでいた。
父の仕事の関係で引越し、生まれた直後から物心着く頃まで暮らしていた。だから、多分、ドイツパンが私の生まれて初めて食べたパンなんだと思う。
幼稚園児の頃、直径10センチくらいの硬いパンにバターと蜂蜜をぬったのをお弁当として持たせてもらったのを覚えている。母に聞くと、それはたった数度のことらしく、なぜ覚えているのかと不思議がられた。よっぽどそのパンが美味しかったんじゃないだろうか。
数年前、オーストリアの山の中に遊びに行った。映画のロケ地に行ったり、ハイキングしたり、ゴンドラに乗って氷河を見に行ったり…。そんな楽しい旅行の最中、他の活動にも劣らず楽しみにしていたのが毎朝の食事だった。
宿は小さな家族経営のホテルで、近在のほぼ全ての宿がそうであるように、売りは食堂の窓から望むチロルアルプスの山並みだった。毎朝、その山並みを見ながら、パン籠からパンを選び、皿に盛られたチーズやハムをとって乗せ、サンドイッチにして食べた。
選べるパンはいつも3〜4種類。プレッツェルのような焦げ茶のプリッとした皮が美味しいパン。ケシの実の乗った硬い茶色いパンに、白っぽいふんわりしたパン。どれも美味しくて選り取り見取りなのだが、中でも気に入ったのが花のような形の丸いパンだった。
そのパンの名前は、カイザーゼンメル。あるいはブローチェン。*1
朝ごはーん!! 丸いパンにハムとチーズを挟むだけでなぜこれほど幸せになれるのか…! pic.twitter.com/3p6o7Em6yJ
— しーな (@mokota120) 2019年6月12日
↑オーストリアの宿の朝ごはん
ばりっと硬い皮に、白い中身。チーズとハムがよく合うそのパンは、きっとバターと蜂蜜にもよく合うだろう。何しろ、記憶にあるあのパンにそっくりなのだ。
というわけで、カイザーゼンメルを作ってみることにした。
ドイツ語のカイザーゼンメルの綴りを調べて、rezpt(レシピ)の語を添えて検索する。
あった!
ドイツ語はさっぱり分からない*2ので、機械翻訳を頼りに頑張る。
ドイツ語のレシピを英語に訳して読み、英語から日本語に訳したのが下のレシピだ。*3
カイザーゼンメルの作り方(12.5個分)
材料:
準強力粉 500g
ぬるま湯 120ml
塩 ひとつまみ
ドライイースト 10g
砂糖 大さじ2
無縁バター 40g
牛乳 200ml
道具
大きなボウル、(のし棒)、(ゼンメル型)、布巾またはラップ、ベイキングシート、オーブン
作り方
1. 無塩バターを溶かし、牛乳を人肌程度に温めて、バターと牛乳を混ぜる。
2. 全ての材料をボウルに入れて混ぜる。まとまってきたら台に出して10分ほどこねる。
3. 生地を丸めてボウルに戻し、布巾やラップをかけて暖かい場所で20分発酵させる。
4. ガス抜きをかねて生地を軽くこね直し、1個60gくらいに分割する。*4
5. 分割した生地を丸める。布巾やラップを被せて5分くらい置く。
6. 生地を手のひらやのし棒を使って平らに伸ばす。手のひらくらいのサイズになったら、型や手を使って成形する。
7. 模様のある面を下にしてベイキングシートを敷いた天板に並べ、布巾やラップをかけて25分発酵させる。
8. 220℃〜230℃で10〜15分、焼き色を見ながら焼く。オーブンに入れる前に霧吹きで水をたっぷりかける。
9. 温かいうちに召し上がれ!*5
わが家にはゼンメル型などというぴったりなものが無いので、手で作ることになる。
…んだけど、文字で読んでもさっぱりなので、今度は動画で作り方を学ぶことにした。
↑参考にしたのはYoutubeのこの動画。再生開始を成形のところに合わせてあるので、パン職人さんの華麗なる指技をご覧いただきたい。
なるほど分からん。
どうやら、左手の親指を生地の上に置いて、右手で生地を持ち上げて包み、上から押し付け、ひだを作って、また押し付け、ひだを作って…と4回繰り返し、端っこをしまう、らしい?
何回か動画を見てもぴんと来ず、仕方がないので、ともかく実際に生地を使ってやってみた。
ブロイチェン(カイザーゼンメル)焼いたぞー!成形がすごい難しい!!13個焼いておおよそ見たことある感じなのが1個だけ笑 pic.twitter.com/bQNORcEhTE
— しーな (@mokota120) 2020年12月19日
↑そして出来たパンがこれ。
良く言えば、惜しい。
単純な造形であるだけに、職人の技術がもろに出るんだと思う。すごく難しい。*6
とはいえ、見た目はともかく、大抵のパンは焼けば美味しいものだ。
さっそく焼きたてのカイザーゼンメルにバターを塗って、蜂蜜を垂らして食べてみた。幼いあの日に食べたパンの味がした、気がする。
少なくとも、オーストリアで食べたあのパンにはそっくりだ。
硬い皮のばりっとした食感や、牛乳やバター、小麦粉といった素材の風味を感じる素朴な味が、あたたかく、優しく心を満たしてくれる。すごくおいしい!
このパンは家族にも好評で、その後もコンスタントに焼いている。
一度に1ダース前後を焼くこと数回。何十個も焼いたけど、完璧な形にできたのは、今のところ1個も無い。*7
*1:呼び名は地域によって違うらしい。オーストリアではゼンメル、ドイツではブローチェンが優勢なのかな? wiki曰く、他にも名前があるもよう。
*2:高校、大学と第二言語に選んで勉強したけどダメだった。幼稚園児の頃は話せたらしいんだけど、自分でも信じられない。
*3:なぜわざわざこんな回りくどいことをやっているのかといえば、ドイツ語のレシピを使いたかったからだ。だって、ドイツ語のレシピに従ったほうがオーストリアやドイツで食べたあの味に近いものができそうじゃない?
*4:大体12個+1個小さいのができる。ベイカーズダズンというやつだ。
*5:冷めても美味しいです!!!
*6:他の職人さんが徐々にスピードを上げつつカイザーゼンメルを成形していくだけの動画を見つけた。すごい…。
https://youtu.be/0t5rkRNqcAo?t=72
*7:最新のカイザーゼンメルはこちら。成形はちっとも上達しない。
https://twitter.com/mokota120/status/1405129802554560520?s=20
わが家のサワードウ
サワードウという種類のパン種がある。
正確には、サワードウ(Sourdough)は直訳すると「酸っぱい生地」なので、種をさすならサワードウスターターと呼ぶべきかもしれない。
いわゆる天然酵母のひとつで、小麦粉と水を混ぜたところに自然に形成される微生物叢を、パンを焼くためのイーストの代わりとして活用するものだ。イーストという一種類の酵母だけでは出せない、乳酸や酢酸やその他が色々ごちゃごちゃ入った複雑な味わいをパン生地に与えてくれるのがその特徴だ。
去年手を出して以来、夢中になってせっせとスターターをお世話し、サワードウでパンを焼いている。
↑最初のパンが焼けるまでの奮闘記
ツイッターではその経過をまとめたり、パンの写真やレシピを呟いたりしているけれど、作り方など、詳しく書くとツイッターにはどうにも長すぎるので、こうして記事にまとめてみることにした。
スターターの起こし方と基本の使い方、管理方法について。あとついでに、何度も作るうちに、すっかりわが家で定番になったサワードウのレシピも置いておく。
サワードウのパンを作ってみたい誰かの役に立つといいなあ!
※ちなみに、このあと書くサワードウの起こし方や管理方法はPatrick Ryanさんの方法がベースになっているので、英語の読み聞きができる方はこちらの記事やこちらの動画をご参照いただければ。
スターターの起こし方
材料:全粒粉500g、水500ml*1
道具:大きめの鍋、1Lくらいの容量のガラス瓶、スプーン*2
その他必要なもの:寒くない気温(20℃くらい)、7日間連続1日10分のお世話
- ガラス瓶を煮沸消毒する。鍋に瓶が完全に浸かるくらいの水(分量外)と瓶を入れて湯を沸かし、数分煮て取り出せばOK。
- 瓶に全粒粉50g、水50gを入れてよく混ぜる。軽く蓋をして常温で12〜24時間置く。
- 瓶に全粒粉50g、水50gを加えてよく混ぜる。軽く蓋をして常温で12〜24時間置く。
- 瓶から100gのスターター候補生を取り出し、残りに全粒粉100g、水100gを加えてよく混ぜる。軽く蓋をして常温で12〜24時間置く。*3
- 瓶から200gのスターター候補生を取り出し、残りに全粒粉100g、水100gを加えてよく混ぜる。軽く蓋をして常温で12〜24時間置く。
- 瓶から200gのスターター候補生を取り出し、残りに全粒粉100g、水100gを加えてよく混ぜる。軽く蓋をして常温で12〜24時間置く。
- 瓶から200gのスターター候補生を取り出し、残りに全粒粉100g、水100gを加えてよく混ぜる。軽く蓋をして常温で12〜24時間置く。
- 粉と水を混ぜてから6時間くらいで2〜3倍に膨らむようになって、スターターをスプーンですくって水に落とした時に浮くようになれば、完成!
だいたい作り始めて5日もすると、混ぜて数時間でかさが増し、全体に細かい泡が出て、イーストのような甘い匂いやヨーグルトや酢のような酸っぱい匂いがするようになって、おおよそスターターとして使えるようになってくる。発酵のピーク(かさが一番増えた時)に水に浮くか確かめて、大丈夫なら7日目を待たずに使い始めてOK。
スターターの使い方
- 完成したスターターは、ドライイースト5gの代わりにスターター100gで置き換えられる。レシピからスターターに入っている粉と水の分量を減らすことを忘れずに。
- スターターがパンを膨らませられるだけ元気な状態になるよう、パン生地をこね始める3〜6時間前にフィーディング(給餌。小麦粉と水を混ぜること)をする。その際の分量はスターター:粉:水=1:1:1が基本。つまり、スターターが100gなら粉100gと水100gを加える。
- スターターはイーストよりずっと発酵に時間がかかる。だいたい3倍〜くらい。発酵のスケジュールを考えてからパンを作り始めると良い。
スターターの維持管理
- パン作りに使う使わないに関わらず、スターターの健康を維持するために、常温なら1日に1度、冷蔵保存なら1週間に1度フィーディングする。
- フィーディングせずに放置すると元気が無くなっていき、パンを膨らませる力がなくなるだけでなく、最終的には雑菌が入って使えなくなってしまう。少なくとも、常温なら3日に1度、冷蔵保存なら2週間に一度くらいはフィーディングした方がいい。*4
- 使わないときは冷蔵保存できる。冷蔵庫に入れる前にフィーディングして、乾燥防止のために容器の蓋を閉めて仕舞う。使うときは冷蔵庫から出し、常温で一晩置いてからフィーディングする。
- フィーディングに使う粉は全粒粉、強力粉、薄力粉、ライ麦粉、だいたい何でもOK。粉によってスターターの状態=生地の味が変わるので色々試してみると吉。*5
- 水は水道水でOK。ミネラルウォーターでももちろん大丈夫。
わが家のサワードウ
材料:強力粉200g、全粒粉25g、ライ麦粉25g*6、スターター100g、塩3g、水140〜160g*7、餅とり粉
道具:ボウル、ラップ、土鍋(6号)、蒸し布、ビニール袋、オーブン、耐熱の蓋つき鍋、ベーキングシート、まな板、クープナイフ*8、網
作り方
- こね始める6時間くらい前にスターターにフィーディングする。(スターター50g、強力粉・全粒粉50g、水50g。粉の割合は適当。余りの50gをスターターとして残す。)
- 餅とり粉以外の材料を全てボウルに入れ、手でざっと混ぜて作業台に出す。まとまって手につかなくなってくるまでこねる。
- 生地を丸めてボウルに入れ、ラップをかけて常温で発酵させる。心持ちふっくらしてくるまで、3〜4時間くらい。
- ガスを抜くように生地を丸め直し、ラップをふんわりかけて10分くらい置く。
- 土鍋に蒸し布を敷き、餅とり粉をふる。
- 生地の表面を張らせるように丸めなおし、餅とり粉を表面に軽くふる。綴じ目を上にして土鍋に入れる。ビニール袋を生地につかないようにかけ、常温で1〜2時間、その後冷蔵庫で6時間〜発酵させる。
- オーブンに耐熱の蓋つき鍋を入れ、250℃に余熱する。
- 冷蔵庫から出した生地にベーキングシートを乗せ、その上にまな板を乗せて、土鍋ごと天地を返す。生地を潰さないようすぐに土鍋を外し、蒸し布をそっと持ち上げて取り除く。
- クープナイフで生地に切れ目を入れる。オーブンから蓋つき鍋を出してベーキングシートごと生地を入れ、蓋をしてオーブンに戻す。250℃で20分焼く。
- 20分経ったら蓋をとって、230℃にオーブンの温度を下げ、15分焼く。
- 焼きあがったらパンを鍋から取り出し、網の上に置いて冷ます。焼き上がり翌日くらいが一番美味しい。
Before and after。黒々した美味しそうなサワードウが焼けましたよー! pic.twitter.com/9RQilq2wLO
— しーな (@mokota120) 2021年6月6日
↑こんなパンができる。
一番美味しい食べ方は、1センチ厚くらいに切ってトーストしてバターを乗っけるやつ。
フルーツやナッツを入れて作っても美味しい。
*1:水道水は微生物の繁殖を妨げそうな感じがするんだけど、意外と問題なく立ち上がりました。気になる方はミネラルウォーターで。
*2:半分の材料と容量半分の瓶でもできます。でも、量が多い方が環境が安定しやすいから、楽だと思う。
*3:取り出したスターター候補生は卵と牛乳、砂糖を加えてパンケーキにするとおいしい。よく火を通すこと。
*4:フィーディングをせずに放置しすぎた場合の対処については、このウェブサイトが大変詳しい。
*5:複数の粉を混ぜるときは重量の合計がスターターと水と同じになるようにする。
*6:各粉の分量は適当でOK。合計で250gくらいになれば良い。
*7:水の量は粉の状態や、ネッチョリした生地を扱う技量に応じて調整を。
*8:クープナイフはカミソリの刃に削った割り箸をつっこんだものを使ってます。